【就職活動】絶対に出版社にいく!そう決めていた私が銀行員になった理由

Gerd AltmannによるPixabayからの画像 就活

私が就活をしたのはコロナがくる前年だ。今の就活生は本当に気の毒だと思う。

私のころとは違いもあるだろうが、この話が少しでもあなたのお役にたてば幸いである。

出版社以外には目もくれなかった就活初期

大学時代、私はかなりの時間を一人で過ごした。

一人暮らしをしていたし、友達もそれほど多い方ではなかったからだ。

そして、一人の時間のうちのかなりの時間を、読書に費やした。

バイト代の半分は書籍代に充てると決め、アマゾンギフトカードを買っていた。

そんな私は、本を書きたいと思うようになった。

具体的には、小説家になりたいと思うようになった。

しかし、DeNAとNTTドコモとの共同出資企業が運営している小説投稿サイトで注目作品に選ばれるくらいにはなったが、プロをめざせるような実力はなかった。

そして私は、それなら出版社で、編集者として本作ろうと思った。大学3年の2月になっていた。

 

出版社全敗 視野を拡げる

出版社の就活は、甘くはなかった。

超大手はエントリーシートや筆記試験で落とされ、中堅は一次面接で落とされた。

本を書きたい!と漠然とは思っていても、具体的な企画が自分のなかにあるわけではなかった。

だんだん、出版社以外の企業も受けるようになった。

地元の縁があった企業をまわり、税理士法人、塾講師、外食からは内定をもらった。

地元の大手企業の最終面接も迫っていた。

 

運命の本、『かまくらや』社長の話、銀行からのメール

そんなとき、ある本に出会った。

『幸せな人は「お金」と「働く」を知っている』という本だ。

 

普段は行かない図書館にふらりとよって、タイトルに惹かれて借りた。

著者は、自分が「ここはいい!」と思った企業の支援をする仕事をしていた。

わたしはこの本を読んでいるとき、ふと、信州蕎麦の『かまくらや』を思い出した。

大学の地元企業で、わたしが大学3年の頃、社長が講演をしに来てくれたのだ。

わたしはこの社長さんの話にえらく感動した。

特に、創業時のエピソードに。

 

彼は、「信州蕎麦」のあり方に疑問を持っていた。

「信州」と謳っておきながら、別の場所から取り寄せ加工だけを長野県でやっているものもあり、こんなのは信州蕎麦とは呼べないと思っていた。

さらに彼は、地元に荒れ農地が多いことにも問題意識を持っていた。

そこで、その荒れた農地を耕して、本物の信州蕎麦をつくることを決めたのである。

しかし、最初はだれにも理解されなかった。

話すら聞いてもらえないこともあった。

でも、何度も何度も話をしているうちに一人、またひとりと理解者が出てきて、本当に温かい気持ちになった。

 

私は多くの本を読む中で、彼のように使命感に突き動かされて生きている人が大好きで、この話にとても感動した。

300人が受講している講演だったが、質疑応答でわたしは思わず一番最初に質問をしていたほどだ。

 

本を読む中で、このときのお話を思い出した。

中小企業を支援するような仕事に少しずつ興味が出てきた。

すると、銀行からメールが届いた。

履歴書持参で、一次面接に参加しないかという誘いだった。

 

銀行であれば、企業の理解者になれるかもしれない

銀行員として働けば、『かまくらや』の社長のような人の理解者になれるかもしれない。

お金の面で、会社を支えられるかもしれない。

また、私は大学で経済・経営を学んでいたので、それが活きるかもしれないという期待もあった。

面接はトントン拍子で進み、二週間後くらいに内定がでた。

 

就活生に伝えたいこと

当時の私のように、行きたい業界が決まっていて、その業界に固執しているひともいるかもしれない。

それが悪いことだとは決して思わない。

それは私が踏み外してしまった輝かしい道でもある。

ただ、本当にその業界でしか自分のやりたいことはやれないのか、ちょっとだけ、視野を広げてみる価値はあるかもしれない。

自分がこれまでお世話になったことや、自分の得意なことを思い出し、それを多くの企業に当てはめてみて欲しい。

私は出版社には惨敗だったけれど、今、銀行員がとても楽しい。

かきあげ。

 

 

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